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【中国】南天一柱  [中国]




1.張家界の景観 「アバター」の“ハレルヤ山”と改名

紅網張家界1月25日報道:世界的超大作《アバター》の中で壮観で美しい“ハレルヤ山”はどこ? 張家界だ!

1月25日、張家界の“南天一柱”(別名:乾坤柱)が正式に《アバター》の“ハレルヤ山”と改名された。 当日、数百人の住民と海外の観光客が詰めかけ改名儀式に立ち会った。

【中国】南天一柱.jpg

“南天一柱”は張家界の“3千の奇峰”の一つで、世界自然遺産武陵源風景名勝区袁家界景区の南端にあり、海抜1074メートル、垂直高度は約150メートル、頂上は青々と草木が茂り、峰の形は奇抜で、刀でスパッと切り取られたような、垂直に立ってる姿は、張家界でも毅然と堂々としており、それで別名「乾坤柱」と名付けられている。


2008年12月、ハリウッドのカメラマンのハンセン氏が張家界を4日間かけて野外風景の撮影を行い、大量の景色をフィルムに収めた。 それが米国のSF超大作《アバター》の中の“パンドラ惑星”の「各種元素」の原型となった。 そのうちの“南天一柱”の映像は“ハレルヤ山”という浮かぶ山の原型となった。 《アバター》が全世界でヒットした後、海外の沢山の観客は“ハレルヤ山”のモデルとなった張家界にあこがれるようになった。

旅行に国境はなく、映画にもなんら障碍はない。 今回の改名行為については、人によって見方がいろいろ違う。 ネットの中では、張家界は一映画のため改名する必要はないという人もいる。 また、このことで《アバター》の浮かぶ山のモデルが張家界だと証明されたことになるという人もいる。

袁家界景区管理委員会の宋志光主任は当日、自分の見解を発表した。 “南天一柱を《アバター》の「ハレルヤ山」に改名したのは、決して「外国に媚を売っている」訳ではありません。 ただ観光地区の住民と大勢の観光客の声に応えたものです” また同時に彼は、“張家界は世界自然遺産です。 神秘的な景色は中国だけのものではなく、全世界のものでもあります。 今、「南天一柱」を《アバター》の「ハレルヤ山」に改名することは、世界に重要なメッセージを伝えるものです。 張家界は世界に属するだけでなく、世界に向かって開かれたのです”

パンドラはとても遠いが、張家界はとても近い。 映画《アバター》のヒットにより、張家界は春節期間に新しい旅行ブームを迎える。 観光の中心地、袁家界、天子山、金鞭渓、黄龍洞などのスポットはすでに用意万端で、国内外の観光客が張家界の《ア バター》の“ハレルヤ山”を訪れ、真実の“パンドラ”の世界を見にくることを待っている。

(本文出所:紅網 作者:鄧道理)



2.“中国元素”大人気:張家界、黄山「アバターの旅」ツアー競争

《アバター》は公開後、大ヒットし、キャメロン監督の“中国の元素が《アバター》を輝かせた”という発言は、旅行好きのあこがれの心に火をつけた。 現実の“ハレルヤ山”は一体、“黄山”かそれとも“武陵源”を背景としたものか、ネットや旅行業界で論争の的となっている。記者が調べたところ、黄山観光地区と湖南張家界観光地区は、もう手ぐすね引いて“ツアー旅行”を展開し、観光客を《アバターの世界》のロケ地に引きつけようとしている。


《アバター》は2009年12月18日、全世界で公開された。 映画の中で、壮観で美しい“ハレルヤ山”は人々を驚嘆させあこがれを抱かせた。 キャメロン監督は、“黄山からインスピレーションを受けた”と語っていたが、多くの証拠から映画の構図は張家界だと見られている。


“42秒間映されていたのは張家界の「南天一柱」、33分21秒映されていたのは黄石寨の玉屏峰、55分53秒映されていたのは宝峰湖の滝……”、ネット上で、これら《アバター》 の映画に出てきた張家界の景色が一つ一つ列挙された。 だが、ネットの中には、“黄山の元素も多い”という人も沢山いる。 特に映画の中の雲海の山の峰は非常に美しかったが、あれは黄山の雲海の神秘的効果そのものだという。

映画《アバター》のツアー販売戦では、張家界が一歩リードしている。張家界中国国際旅行社の郭宏輝理事長は、“ハレルヤ山”ロケ地観光で張家界は新しいブームの目玉となっていますと語った。 この旅行社は映画の中の15か所をセットし、先日すでに“アバターの旅”、“アバター、パンドラ 不思議な旅”、“アバター、ハレルヤ 幻想の旅”、“アバターと浮かぶ山 神秘の旅”などのルートを作成売り出している。 「中国の元素」が“興行収入トップ”になると同時に、今後、国内外から多くの映画ファンと観光客が映画の“パンドラ”の世界を訪れることになることが予想される。(竇媛媛)

(出所:北京夕刊)(本文出所:北京夕刊)


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【中国】福建土楼  [中国]




福建土楼(ふっけんどろう)とは、中国福建省南西部の山岳地域にある、客家その他の人々による独特の版築建築物。客家土楼(はっかどろう)ともいう。12世紀から20世紀にかけて建てられたものがほとんどである。土楼は通常、外部立ち入り禁止の大きな建物で、長方形か円形をしており、厚い土壁(180センチ以上)と木の骨格から成り、高さは3階か5階、80家族以上が生活している。この土でできた建物は通常1つの入口しか持たず、その入口も、鉄板で頑丈に補強された厚さ10センチから13センチの板戸で守られている。建物の最上階には、盗賊を防御するため、狭間が空けてある。

【中国】福建土楼 .jpg

福建土楼は、初渓 Chuxi 土楼群、田螺坑 Tianluokeng 土楼群、河杭 Hekeng 土楼群、高北 Gaobei 土楼群、華安県の大地 Dadi 土楼群、洪坑 Hongkeng 土楼群、衍香 Yanxiang 楼、Huiyuan 楼、振福 Zhenfu 楼、Hegui 楼など、46を数える。これらは2008年、福建の土楼として、ユネスコの世界遺産に登録された。「生活と防衛を集団で行う組織の、特徴的な伝統的建築と機能の例として、またその環境と調和したあり方に関して」優れた点が認められたのである。

1980年代、福建土楼は「客家土楼」「土の家」「丸い強い家」、あるいは単に「土楼」等、様々に呼びならわされていた。1990年代からは、中国の建築学者では「福建土楼」の語が定着した。すべての居住者が客家民族というわけではなく、南福建省の人々がたくさん土楼に住んでいる。社団法人日本ユネスコ協会連盟では、福建の土楼の語を公式名称としている。

客家土楼は、福建土楼の一部に属する。南福建の土楼のすべてが福建土楼に分類されるが、すべてが客家土楼に属するわけではない。

「福建土楼」は「土楼」と同義ではなく、「土楼」のうちの1種類を指す語である。福建省には20,000を超える土楼が存在し、そのうち福建の土楼として登録されたのは3,000にすぎない。

福建土楼は「福建省南東の山岳地帯にある複数階の大きな建築物で、大集団がそこで生活、防衛し、土壁と木の骨組みで創られている」と定義される。

福建の土楼は、福建省の南東地区に存在し、ほとんどは龍岩市の永定県と?州市の南靖県の山岳地帯にある。

(Quoted from Wikipedia)


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【中国】九寨溝  [中国]




九寨溝(きゅうさいこう)は中国四川省北部のアバ・チベット族チャン族自治州九寨溝県にある自然保護区であり、ユネスコの世界遺産(自然遺産)に登録されている。

【中国】九寨溝。V.jpg

概要
九寨溝は石灰岩質の岷山山脈(びんざんさんみゃく)中、標高3400mから2000mに大小100以上の沼が連なるカルスト地形の淡水の湖水地帯である。谷はY字状に分岐しており、岷山山脈から流れ出た水が滝を作り棚田状に湖沼が連なる。水は透明度が高く、山脈から流れ込んできた石灰岩の成分(炭酸カルシウム)が沼底に沈殿し、日中には青、夕方にはオレンジなど独特の色を放つ。また、流れに乗って運ばれてきた腐植物が石灰分に固定され、植物が生え、独特の景観を見せる。ジャイアントパンダの生息地のひとつとしても有名である。

この独特の景観は水に含まれる大量の石灰分によるところが大きい。棚田状の湖群をつくる堤防(石灰華段丘)は石灰分の沈積によって形成されたもので、水流の中に生育する森林という独特の景観もこうした岩に因っている。また透明度の高い湖底に沈んだ倒木にもその表面に石灰分が付着し、いつまでもその形を留めていることも独特の景観に一役買っている。なお九寨溝に似た景観は、同じカルスト地形であるクロアチアの世界遺産、プリトヴィツェ湖群国立公園にも見られる。

チベット人など少数民族の居住地としても知られ、「九寨溝」の名もチベット人の村(山寨)が9つある谷であることから付けられたものである。観光道路沿いにも3つの集落があり、そのうちの1つである樹正寨は観光地となっている。また、域内にはチベット人による宗教施設(寺院・塔・マニ車(正しくはボン教のため「マシモ車」)等)が点在している。なおこの地域はチベット仏教よりもボン教が盛んで、コルラの方向やマシモ車を回す方向がチベット仏教とは反対の反時計回りである。九寨溝内にある寺院「扎如寺」もボン教寺院でありその他の宗教施設もすべてボン教のものである。祈祷旗であるタルチョーも各所で見られるがボン教のタルチョーである。しかし日本のマスコミやガイドブックなどでは「チベット仏教」と紹介されていることが多い。

1970年代に森林伐採の労働者によって(元々居住していたチベット人以外に)偶然に発見された。

青い水
九寨溝を強く印象付けるもののひとつに、独特の青い水があげられる。白い砂地の場所に少しの水が流れている状態でも水は僅かに青く見える。この青い水の理由は一般に水中に溶け込んでいる石灰分(炭酸カルシウム)の影響であるとか、湖底の苔によるとか、光の屈折率によるものなどとよく言われる[誰によって?]。

九寨溝の水は飽和した炭酸カルシウムが微細な浮遊物を核として沈殿するために極度に透明度が高い。そのため、深さ20メートル以上の湖底までもより浅く感じられる(浅く見える理由は水と空気の屈折率の違いによる)。

水は可視光の内、長波長の成分(赤い光)を吸収する性質がある。そのため深みでは、水面から入射して湖底で反射した光の内から青い光だけが眼に多く届くようになり、結果として青い水に見える。また、深みでは光量が減少して暗くなるために水の青さに深みが増す。

微細な浮遊物のために水中浅所での散乱が多いと、赤い波長部が十分に吸収されていない光も併せて届くようになり、水の色は青みが薄まる。湖底に苔が生えている場所では青みに緑や黄色が加わる。かつ太陽光や空の状態も影響し、加えて水面で反射する光にもよって変化する色彩が生まれる。

観光
九寨溝までの交通[編集]自然保護のため付近の開発が制限され1日の入場者数も制限されているが、中国屈指の人気観光地である。従来は約450km離れた成都からの長距離バスで約10時間(現在は8~9時間に短縮)かかる陸路が唯一のアクセス手段であったが2003年に九寨黄龍空港が開港したため、空港から約1時間半での到達が可能になった。九寨黄龍空港は気象条件(視界・横風)が厳しく、中国一の遅延・欠航率の高い空港で、時刻表通りだと幸運といわれる。現在、成都蘭州間の鉄道建設中で、これが開通すると、成都から九寨溝まで約2時間となる。

九寨溝内の交通
九寨溝は最奥部まで片道30km以上の広大なエリアであることから、車道と遊歩道が完備されている。外部からの車両の乗り入れは禁止されており、専用の天然ガス利用の低公害型バス「九寨溝グリーンバス(九寨溝緑色旅遊観光車)」を利用する。団体客も原則としてグリーンバスに混載する(ツアーによっては専用バスがチャーターされることもある)。このバスは、1日フリー乗車券を購入した上で各バス停で自由に乗降できる。シーズン中はバスが数珠繋ぎになるほど頻発するが、それでも座れないことが少なくない。溝内の車道はY字状のルートになっており、分岐点でどちらに向かうのかが分からずにとまどうこともある。またバス停といっても利用客のいない場合は原則として通過するので、乗降の意思を乗務員に伝える必要がある。また、上りと下りのいずれかのみ停車するバス停もある。なお徒歩での観光は制限されていないが、溝口(入場口)に最も近い景観ポイントでも徒歩で1時間30分ほどかかる。

Y字状のルートの交点にあたる場所には「諾日朗(ノーリラン)観光センター(諾日朗旅遊服務中心)」があり、レストラン・軽食コーナー・売店などがある。また、この場所はグリーンバスの各路線の乗換えターミナルにもなっているが、長海行きの乗り場だけは徒歩で2-3分ほど坂を上がった駐車場にある。

チベット族の集落
九寨溝の有料入場エリア内にも数多くのチベット族の集落があり、実際に生活している。「九寨溝民俗文化村」は、そのような集落のひとつ「樹正寨」の一角を土産品店街としたものであり、この付近のチベット族独特の木造建築民家も有料で公開されている。なお、以前から有料入場エリア内での宿泊はできない建前であったが、実際には各集落に民宿が存在した。しかし、2009年から規則が厳格に運用されるようになり、現在は有料入場エリア内での宿泊は完全に禁止されている。

季節
観光に適しているのは4月中旬から11月初めまでである。特に中国の大型連休(国慶節)である紅葉初期シーズンの10月初めは大混雑する。冬季は積雪もあるがグリーンバスは運行されており一年を通して観光は可能である。ただ冬季は滝や湖の水量が少ないうえ、遊歩道のかなりの区間が積雪のため通行止めとなる。春季は山火事予防のため通行止めになる遊歩道区間も多い。夏季は雨が降りやすく、雨具は必携である。一日の入場者数に制限があるため、紅葉期などの最盛期は個人であまり遅い時間に行くと入場できないことがある。3月の終わりは根雪も消え観光客がそれほど多くなく、しかも入場料金が閑散期料金で済むため近年人気が高まりつつある。しかし4月中ごろまではかなりの降雪のある日もあり、交通機関の乱れが生ずるため注意が必要である。

安全情報
九寨溝で観光客が到達できる最高地点「長海」は標高が約3100mもあり、高山病にも気をつける必要がある。

周辺の観光[編集]九寨溝周辺には5つ星クラスの高級ホテルから民宿・ユースホステルに至るまで、数多くの宿泊施設が存在する。宿泊施設はチベット建築風の外観を持つ建物が多い。宿泊施設周辺には本物のチベット族集落も多く見られる。また、主にチベット族が経営する食堂街や土産物屋街もある。路線バスが存在しないため、移動には徒歩かタクシーを利用する。

(Quoted from Wikipedia)


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【中国】千島湖   [中国]





千島湖(せんとうこ)は中国の浙江省の杭州の淳安県と建徳市にある人造湖である。1959年に新安江水力発電所を建設する時成った。湖の中に2500メートル以上の島が1078つので、千島湖が呼ばれた。1982年中華人民共和国国務院に国家級風景名勝区を指定された。

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【中国】万里の長城  [中国]




万里の長城(ばんりのちょうじょう)は、中華人民共和国にある城壁の遺跡である。ユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されており、新・世界七不思議にも選ばれている

2009年4月18日の中華人民共和国国家文物局の発表により東端の遼寧省虎山から西端の甘粛省嘉峪関まで総延長は8,851.8kmとされていたが、2012年6月5日に総延長は従来の2倍以上の21,196.18kmと発表された。現存する人工壁の延長は6,259.6km。
英語をはじめとする漢字文化圏以外の言語では、「(中国の)大きな壁」を意味する訳が充てられている。

【中国】万里の長城atai.jpg

歴史
秦の始皇帝の構築した長城が認識されているが、現存の「万里の長城」の大部分は明代に作られたものである。
戦国時代には外敵に備えるために戦国七雄のすべての国が長城を建設していた。北方の敵に備えるためのものだけではなく、斉や韓、魏や楚のように北方遊牧民族と接していない国も、特に警戒すべき国境に長城を作っていた。そのなかで、北の異民族に備えるために北の国境に長城の建設を行っていたのは燕、趙、秦の3ヶ国であった。始皇帝は中華を統一後に中国の中にある長城を取り壊すと、北に作られた3ヶ国の長城を繋げて大長城としたのである。この時の長城は版築により粘土質の土を固めて築いた建造物であり、馬や人が乗り越えられなければ良いということで、場所にもよるが多くの区間はそれほど高くない城壁(幅3~5m、高さ約2m)だったという。また現在の物よりかなり北に設置されて、その東端は朝鮮半島に及んだ。

長城は前漢にも引き継がれ、武帝の時代にさらに延長される。匈奴を追って領土を拡張したことで、長城は新しく得た河西回廊を守る形で西に延長され、玉門関まで拡張された。後漢の半ばごろには放棄され、三国時代には長城防衛は行われていなかった。その後の五胡十六国時代に異民族の力が強くなり、華北を統一した鮮卑族の北魏はさらに北からの遊牧民族の来襲を警戒すると、漢代長城より南寄りの現在の線に新しく長城を築いた。これは東西分裂後の北斉にも引き継がれ、北斉を倒した隋もこの長城を維持した。唐王朝は長城防衛そのものを放棄すると、その後の五代十国や宋王朝もこの方針を引き継いだため、長城はしばらく中国史から姿を消す。

長城が復活を遂げたのは、女真の建国した金の時代であった。金はさらに北方からの襲撃を恐れ、大興安嶺の線に沿って界壕と呼ばれる長大な空堀を掘った。界壕の内側には掘った土を盛り上げて城を築き、ここで実質的に長城防衛が復活した。ところが、界壕はモンゴル人の建国したモンゴル帝国によって難なく突破され、長城を越えて侵入したモンゴルによって金は滅亡した。モンゴル人の元は長城を築かず、南方から興った中国人の王朝である明が元王朝を北方の草原へ駆逐しても、首都を南の南京に置いた朱元璋は長城を復活しなかった。長城防衛を復活させたのは明の第3代皇帝である永楽帝である。首都を遊牧民族の拠点に近い北京へと移した永楽帝は、元の再来に備えて長城を強化する必要に迫られ、北方国境全域において長城を建設することで、長城はようやく現在の形になった。

よく「農耕民族と遊牧民族の境界線」と言われるが、実際は草原の中に建っている。これは元の時代に北方の草原と南方の農耕を一体とした社会・経済が成立し、明も自国内でそれを実現すべく、北方への勢力拡大を行なっていたからである。そのため北方民族も南方の農耕民族の物産を必要としており、長城沿いに交易所がいくつも設けられた。交易はいつもうまくいっていたわけではなく、北方民族側の思うとおりにいかない場合もあった。その交易を有利にするための威嚇として、明の力が弱い時期に北方民族は長城を越えて侵入を繰り返していた。

明末に満洲族(女真)が勃興して後金を建国すると、明との間で長城の東端を巡り死闘が繰り返された。後金は明に対して有利に戦いを進めるも、名将袁崇煥に阻まれ長城の東端の山海関を抜くことができなかった。袁崇煥は後金の謀略にかかった明の崇禎帝に誅殺された。その後に明は李自成に滅ぼされ、後金から改名していた清は、明の遺臣の呉三桂の手引きにより山海関を越え、清の中国支配が始まった。

現在、万里の長城は中華人民共和国政府によって重要な歴史的文化財として保護されており、世界遺産にも登録されている。世界有数の観光名所としても名高いが、地元住民が家の材料にしたり、観光客へ販売するなどの目的で長城の煉瓦を持ち去り、破壊が進んでいる。また、長城がダム工事により一部沈んだり、道路建設により分断もされている。長城周辺の甘粛省や陝西省は、中華人民共和国でもっとも貧しい地域の1つで、当局は対策に頭を悩ませている。

2006年4月に行われた中華人民共和国の学術団体「中国長城学会」の調査によると、万里の長城が有効保存されている地域は全体の2割以下で、一部現存している地域も3割であり、残り5割以上は姿を消しているとの報告があった。

2009年4月18日、中華人民共和国国家文物局は万里の長城の総延長を従来の6,352km(東端は河北省山海関とされていた)から8,851.8kmに修正発表した。毎日新聞によるとのろし台5723カ所も確認され、煉瓦などでできた人工壁6259.6kmに加え、くぼみや塹壕部分の359.7km、崖などの険しい地形2232.5kmが含まれたことから延びたとみられるとしている。

2012年6月5日、中華人民共和国国家文物局は、秦代、漢代など他時代を含んで調査した所、万里の長城の総延長は従来の2倍以上の21,196.18kmであったと発表した。

(Quoted from Wikipedia)



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【中国】黄龍風景区  [中国]




黄龍風景区(こうりゅうふうけいく、簡体字:四川黄龙风景名胜区)は中国四川省アバ・チベット族チャン族自治州松潘県にある景勝地。「黄龍の景観と歴史地域」としてユネスコの世界遺産(自然遺産)に登録されている。絶滅危惧種であるジャイアントパンダや金糸猴の貴重な生息地でもあり、2000年にユネスコの生物圏保護区に指定された。
岷山山脈の南側に位置しており、四川省の省都成都から北に約230km離れている。

【中国】黄龍風景区.jpg

概要
黄龍は、岷山山脈の一部である玉翠山の山頂(標高約5100m)から北に向かって伸びる全長7.5kmの峡谷(黄龍溝)であり、世界有数のカルスト地形である。新生代第四紀に隆起した石灰岩層が氷河に侵食されて巨大な峡谷となり、そこに石灰分の豊富な水が流れ続けた結果、石灰華の沈殿したエメラルドグリーンの美しい石灰華段(石灰華段丘とも)をはじめ、黄金色に輝く石灰華の層、そして石灰華の滝や谷が形成された。
黄色がかった乳白色の石灰華の連なりは、雪を頂いた山脈を昇ってゆく黄色い龍の姿にたとえられる。同風景区は中国唯一、非常に良い状態で残っている高原湿地帯であるとも言われる。
黄龍後寺(仏教)と黄龍中寺(道教)が現存している。いずれも明代創建で、合わせて黄龍寺と呼ばれる。

観光
黄龍全体のうち、麓の「迎賓彩池」(標高3199m)から「五彩池」(標高3553m)までの約3.7kmの区間が風景区として整備されている。
水の色は場所によって黄色、緑色、青色、茶色と様々に変化して見え、晴天時は日光と相まって金色に輝く。中でも風景区最奥部にあり黄龍最大の石灰華段である「五彩池」、そして2番目の規模を持つ色彩鮮やかな「争艶池」は必見である。また、「金沙舗地」(標高3281m)は1500mの長さを持つ世界最長の石灰華層として知られる。
車道は無く、木製の遊歩道を徒歩のみで移動する。遊歩道のうち麓に近い区間は上り用と下り用に分けられている。往復4時間(上り2.5時間、下り1.5時間)程度の距離であるが、標高が高いうえ高低差が大きいことから高山病に注意すべきである。
2006年8月にロープウェイが開通した。景観を考慮してロープウェイの2駅はいずれも遊歩道のコースからかなり離れたところに設置されている。それでも、上りにロープウェイを使うことで一気に五彩池とほぼ同じ標高まで到達できるので、格段に便利になったといえる。
黄龍風景区の年平均気温は2-3度、最も暑い7月の平均気温は10-11℃、最も寒い1月の平均気温はマイナス8-9℃である。雪解け水の多い7-10月がベストシーズンとされ、紅葉で山が赤く染まる10月が特に人気がある。ただし、夏季は天候が不安定(7月の降水量は100mmを越す)なので雨具と防寒具は必須である。



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【中国】黄山  [中国]




黄山(こうざん)は、中国・安徽省にある景勝地。伝説の仙境(仙人が住む世界)を彷彿とさせる独特の景観から、古代から「黄山を見ずして、山を見たというなかれ」と言われ、数多くの文人が訪れた。

概要
黄山の名は伝説上の王、黄帝がこの山で不老不死の霊薬を飲み、仙人になったという言い伝えに基づいている。秦の時代には?山(いざん)と称されていたが、唐の時代には現在の黄山の名前に改められた。峰と雲が織り成す風景は、まさに仙人が住む世界「仙境」と言われている。多くの文人が憧れ、水墨画、漢詩などの題材となった。

【中国】黄山.JPG

黄山に立ち並ぶ山々は古生代にできたもので、氷河や風雨による岩石の浸食が1億年にわたって繰り返され、現在のような断崖絶壁の景観ができあがった。海から流れ込む湿った空気が海抜1000m以上の峰々に漂い、大量の霧や雲を発生させている。三主峰と呼ばれる蓮花峰、光明頂、天都峰があり、その他69の峰がある。そして、荒涼とした風景を彩る「黄山松」は、岩の割れ目に根を張り、強い生命力を持つとして、尊ばれている。以上の怪石、雲海、奇松に温泉を加え、「黄山の四絶」と称された。このことから、「天下の名勝、黄山に集まる」と言われ、古代から中国の人々が黄山の美しさを「天下第一」と称えている。幾多のスポットには、その独特の発想で名前が付けられた。

この名声に憧れて多数の文人が訪れ、水墨画、漢詩などの題材となった。東山魁夷は、黄山を「充実した無の世界。あらゆる山水画の技法が、そこから生まれたことが分かる」と評している。

中国人の精神的な拠り所となってきた黄山の周辺には、道教や仏教の修行の場として、多くの寺院が建てられている。黄山の北に位置する九華山は、97の寺院が集まる地蔵菩薩信仰の総本山で、黄山で修行した僧侶が開いたと言われ、その僧侶が地蔵菩薩の化身であったとの言い伝えから、この地が聖山となった。



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